国ごとに生まれる差異(★)

外国で、しかもその国の言語で生活が精通していない場合、また母国語の社会が周囲にない時、子育てをすることは並大抵なことではありません。アメリカで中高を過ごした私はその経験をバネに乗り切れるだろうと、簡単に考えていましたが甘かった。

子供の時とは違う。自分が生活を回す主軸になった時に初めて気づきました。

それぞれの文化が生み出したルールや、暗黙の了解が当然あります。
石の上にも三年、のごとく、本当に3年経つと文化になれるもので、生活も落ち着くものです。
ですが、この病気と向き合いながら、という条件は簡単なものではありませんでした。
私は辛い時は日本の患者の皆さんの言葉を読んで、それを励みにやってきました。それを支えにしてきました。アーレの勇士のヒロさんや、その他のALS 患者の方々の奮闘を聴いては、笑顔を見ては、励まされ、刺激をいただてきました。

日本ではALS患者の皆さんに適応した環境を構築し、得ることができた方々がいます。
その中には、すでに症状を杭止め、意気揚々と元気に生活を営んでいらっしゃる方々がいるのです。
なんと、10年も、20年も生きていらっしゃるのです! しかも、1,2人の話ではありません!
彼らのSNSの掲載記事を見てください。コンサートに行かれた時の模様、または会議に参加したときの様子、おいしい食事を食べている時のまんべんな笑顔、彼らの元気はつらつに楽しんでいる姿は太陽を見るようにまぶしく、どんな大変な状況においても、命を尊む介護チームを築き上げることができれば、必ず道が開けることを実証してくれています。

私たちは希望をもって頑張れるのです!



日本では、すでに

「この病気は死を数年後に覚悟する病気ではなく、超重症度の障害を持ちながら暮らすことになる疾患である。」という考えがうまれるところまで患者さんは充実した生活を保持できる方々が増えてきています。この言葉は日本ALS協会の川口さんから伺いました。こういう価値観を認識しだしたのは、まだ日本だけでしょう。
日本の患者さんたちの諦めない姿、制度を向上するとこまで踏み入るALS協会の存在、病院、地域ステーション等、日本社会の制度が連携を深め、有機的な共同体へと成立しているからこそ、実ったことだと言えます。もちろん全国区で普及しているのではないので、日本ALS協会も必死に闘っています。

地元の制度が整わないとならない。なのに、医療制度は国家レベルで対応しなくてはならないことだらけです。一辺倒ではいかないこの病気には、公営サービスの限り、保険制度の限界に周りの人が共に情熱を持って立ち向かい、仕組みに改善のメスを入れる勇気と助けが必要です。
それが多岐分野で相互作用して初めて道が開かれるのです。

私たちの住む町の総合病院の脳神経科や呼吸器官科の先生にはどんなに日本や他国の事例を出し説得をしても、”何をやっても、いずれ死ぬんだからそこに時間を費やすべきではありません。子供さんとの未来を育んでください”と3年間言い続けられました。
精神安定剤が必要で、そのために精神科医の先生に診察してもらいたい、といっても、それは不要の一点張りでした。

スカンジナビアは福祉が整った福祉国家です。ですが、大多数を助けるために、少数の病気の介護には配慮が回さないのが選択肢となっています。大多数の理論。民主主義として、そして多くの人へ福祉の権利を与えるためには間違っていません。

ただし、そういう価値観では、地域の医療側の理解度によって差が生まれてしまいます。

つまり、増え続けている難病患者の多くは困難な生活の中でもがいている。

 

うちだけではありません。そして諦めて命を絶つことも認められているため、久々に連絡すると、諦めてお亡くなりになった、と耳にします。

こういう時に大事なのは、国が書く、ALSガイドラインです。

日本の場合、日本ALS協会が先頭を切って、情報を共有し、本を出版するなど、多様な活動をすることで必要な人たちがアクションをとりやすくなっています。もちろん、情報に気づかない方もいるでしょうし、すぐに地域を越すことができなければ、同じ問題に合う確率は当然増えます。

そして、死生観がここで関係してきます。この問題はまた掘り下げますが、死生観は、育児をしていてわかりましたが、学校教育から何年もかけて築き上げられている。

例えば、200年前まで、一つの地域、国として共に歩んできた兄弟国のスウェーデン。社会福祉国家スウェーデンでは、ALS患者に呼吸器の装着は絶対しない。それが法律で定められています。福祉国家になるために、どこを優先にするか。ALSはたまたま選択肢に入れられないのです。発症者の数が圧倒的に少ない。人が困った時、病気にかかり、治癒方法がない場合、使える福祉費用を可能性のある人に、子供に優先的に投資する。

ノルウェーは家族構成、年齢制限などの理由で装着してもらえないなど、半々です。
これはノルウェーの経済がヨーロッパでもトップという経済状況があるからできることなのだろうと思います。また、自分たちで死を選択することも、呼吸器を止める意志を宣言することもできます。

日本の場合は、そうはいかない。人の手で他人の命を絶つ行為は許されていません。
国ごとに生まれる条件の差異がALS患者の生命線に大きく関わっています。

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