2004年:合気道の研修での出会い

それは 2004年の長野県にある、佐久合気道研修に参加したときのことでした。

その年、実は失恋をしていた私は、悲しいスタートを切ったばかりでした。

新年のご挨拶の電話でそのことを遠藤師範に伝えると、「ここには、いっぱい、いいの(男性)がいるのに。また、ここに戻ってらっしゃい」と冗談を交えて励ましてくれました。

仕事に精魂を使い果たし、恋愛も終わりを告げ「終止符」を打った一年。
師範の温かい言葉に励まされ「合気道に戻ろう」と、新たなスタートを切ることができた年でもありました。

ちょうどこの年は、師範の思いから築き上げられたあの佐久合気道道場が設立して10周年という節目。佐久道場の定例GW研修会を最大に盛り上げるため、私もはりきって手伝いに参加することになりました。
そして、その日が来ました。

いつ戻っても、佐久は素敵な土地です。
背後にそびえたつ阿蘇山が佐久の地を見守り、大地の薫りの中にある道場には全国、全世界から、師範と合気を知る人が集まります道場の前に立つと、「おかえり」という確かな声が聞こえる場所。

引っ越しを繰り返してきた私にとって、合気道を通じて思い出がつまる故郷のような場所。

ここで私とアーレは、宴の席から始まり、稽古をし、食事をし、夜はみんなで話し込む、4泊5日の短くとも濃い時間で知り合ってゆく。

合気道とは、人との交わりの中で技を磨き、そして人との交わりの中で、自分を知り、相手を知る。そんな中で私たちは出会いました。

その後、短い出会いから間も無く、国をまたいで連絡を取るようになり、それぞれの地を訪れ、日本で暮らす道を選びました。

そして、出会って5年目にして、ALSが発症。まだ、始まったばかりの家族に大きな衝撃となる筋肉の後退とともに定期的に障害が発生し続けます。

そんなこともあり、なかなか道場には通えていませんが、 いつも遠藤師範が学生の頃に教えてくださった言葉の一つに支えられてきました。

「合気道は決して道場だけが修行の場ではない、社会で生き続け、そこで修行をしながら鍛錬してゆくものだよ」 

ALSが私たちの人生を飲み込み、道は険しさを増した時期に来ても、その言葉が支えてくれました。

道場に行けなくても、歩けなくなってきたアーレをベッドから起こし、手を取って歩く練習をするその毎日は、合気道の気結びだね、と2人で喜んでやっていたものです。

頑張り続けても、数ヶ月ごには体のどこかの筋肉が衰え、次々に麻痺して行く連続。ついつい、次は、と、先を求めたくなる中で、アーレの今を守ること、子供の毎日を進めて行くことで精一杯の毎日。そんな中で、こうして合気道の気結びを感じることができたことは、私たちの合気道でした。

道場に戻れずとも、それでも戻れると思うのも、この師範の言葉と、合気道に切磋琢磨した日々があるからなのです。

昨日、久々に友人の協力を得て、合気道の稽古に参加させていただきました。初心に帰る時間が、わたしとアーレに今まだなお存在する合気道とはなんなのか、考えさせてくれました。今は、同じベッドに三年、しかも施設で1人家族と離れて過ごすアーレ。

すっかり、合気道を忘れている自分がいたことに気づきました。

そして、アーレの生命力は今も、確かに力強くそこに在るし、私たちにはまだストレッチやマッサージだけではなく、合気で学んだものを、受けと、取りを通じて、鍛錬して行ける、そう感じています。

身体はもう、頭もうごかせなくなり、目とふくらはぎにしか残っなくても、私たちの道は合気道の気結びをまだまだ、鍛錬して行けるはずです。


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