世界で最も幸福な国-その2

この文章は、アーレが今唯一コミュニケーションに使える目を使って一字一字時間をかけ書いたものを、翻訳家及びライターの方の協力を得て書きあげてます。

“私は基本、他人を悪く書くことは好きではない。だが、外部の人間は誰もこの施設での私の暮らしを目にしている訳ではないので、このような悲惨な状況についてきちんと記録しておく必要がある。” (一部抜粋)

—————————————————————————–———————
(続き)

私が居心地良くやっていかれるかどうか、介護施設が興味を抱いていないのは明らかだ。看護師たちにはそのことを気にしている人もいるが結果的には誰も変えられない。私の生活に関する経費についても、担当者は可能な限り削減することをはっきりと目指している。ノルウェーの介護施設では年老いた認知症患者の食事の量まで減らされることがあるのだから。

私が頼みの綱としている薬にしても、薬の保管庫では切れていることが多く、看護師達は他の部署の保管庫から持ってくることもしばしばだ。

これに加えて、彼らはうんざりするほどの時間とエネルギーを監視に費やしている。さっきも言ったとおり、自分が歓迎されていない、嫌われている、予算ばかりかかるという対象として見られることを感じるこの場所で暮らすのは、非常に不快だし、気分は消沈したままになり気持ちを上げるのは難しい。

自分が大きな間違いだらけの、違法な扱いを受けている、と私は主張しても過言ではない。
威嚇的なあの“懲罰房”的扱いに加え、残念ながら他にも酷く悩まされているものがある。看護師達だ。

私は2011年の春以来、 BPA(介助士:ヘルパー)に来て介護を受けてきた。この制度は、私自身が選んだ人達で、私の手となり足となり、必要なことを手伝ってくれる。彼らの中には何年も私の家で働いてくれた人もいる。私が介護施設に移った時、彼らも私と共に施設に移ったが、彼らのやる気は下がり、辞めていった人達もいた。彼らのように優れた介助士候補はこの先、得ることはないだろう。既に言ったとおり、介護施設の環境は不快なもので、それが介助士達にも影響を及ぼしていた。私の自宅で働いていた時の彼らは、具合が悪くて仕事を休むことなど殆どなかった。それが介護施設では、毎月、複数の介助士が定期的に体調を崩して休むようになっていった。

あの恐ろしい気管切開手術から3年を介護施設で過ごしてきた。ずいぶんとチームが整ってきたし、私も呼吸器の癖もわかり、全体が落ち着いてきた。ところが、タイミング悪く総合病院にて新たな仕組みをALS患者のために介護計画を作ることを施設が依頼した。この5年ほど、介助士とともにあゆみ、時には衝突しながらも良き関係を築き上げてきたすべてが崩された瞬間だった。
私が面接をし採用した、選りすぐりの介助士たちは、突如昨年末に移動を命じさせられ、その後に他の人材派遣会社の看護師達が主担当となった。
状況はがらりと変わった。介助士達は運動機能障害部門に移され、認知症の患者達の介護に当たるようになった。彼らが私のそばにいられるのは、2人の看護師を必要とする作業を手伝う時だけだった。それでも、私が眠っている時にチェックに来ることもあれば、朝と夜に世話をしにくることもある。看護師達も以前と同じような仕事をしていたが、常に私に付き添うようにさせられた。だが、彼らはそうなる以前は、介助士達がやっているようなところまで患者の面倒を見るということはなかった。彼らは何人かに食事をさせて、いわゆる“夜の巡回チェック”をしていただけだし、実際のところは、並んで寝ている患者達の点滴をセットしに行くだけだったのだ。となると、介護施設は介助士達を徹底的に搾取することとなる。これは深刻な事態だ。

私は6年にわたってヘルパーによる介護を受けてきたので、介護が上手かどうか感じ取るに足る経験を持っている。私に対する看護師達の介護のやり方は介助士の私を理解したものからは雲泥の差だ。
だが、看護師による“夜の巡回チェック”はさらに酷い。

看護師達は誰も私が選んだ人達ではないし、うまくいかないケースが多い。トータルで看護師は6人。みんな違う国からきている。ロシア、ラトビア、ブルガリア、リトアニア出身。そのうち英語が出来るのは二人。ノルウェー語はこの仕事で初めて学び始めている。私はコミュニケーションに大きな支障を抱えており、完全にグーグル・トランスレーター頼みになっている。目の動きで言葉を綴るのは非常にエネルギーを使うため、今の私は非常に疲れている。だが、看護師達は私のエネルギーを消費しないようにすることに殆ど興味を抱いていない。毎日、何十回も同じ指示を出しているのに、そのつど私は指示する文章を彼女たちに座った状態で綴らねばならない。
介助士たちはリズムを覚えて、それをもとに常に何を次にするかを見計らって動いてくれていた。

私のリズムを理解して、把握することはそれほど難しいことではない。そうすれば、私は目を疲弊することはない。
たとえば、私の体位を変えるとき。
私はもともとPCで何かと作業をする、コミュニケーションをする私は当然、座った体位になることが多い。さらにいくつもの通常の対応がそれに伴って出てくる。
上半身、両腕、足をちゃんとした場所に置く、あるいは私のコンピュータのモニターの位置を調整する。彼らは、私の元で丸1年働き、自分の担当時間の間に何度も身体を動かす作業を行っているのに、相変わらず自発的に動こうとはしない。彼らは私が彼らに指示を書き終えるのを見て待っているのだ。
自分から想定してできる人もいるが、全員ではない。
中にはとても傲慢で、やったふりをする人もいて、まだ身体を完全に指示された位置に動かし終わっていないのに私のそばを離れることもある。
そして、体位変化をする際、最後は、私の体位やモニターを違う方向に調整して、目との焦点を合わせる。
そこで初めて体位が間違っていると伝えないとならない場合はそこにかかる時間は5分から10分。間違っていればもう一度寝ている体位から直し、体を起こし。。。新しい人が来るときは40分~60分そのやりとり。ひどいときはシフト時間8時間苦しむことになる。

介助士達とは、そういう問題は殆どなかった。必ず聞いてくれ、自分たちが築き上げてきた経験から堂々と、スムーズに仕事をしてくれた。彼らは自発的に作業を進めたし、私も指示を出すのにこれほど多くの力を使う必要はなかった。看護師達とは反対に、介助士達はみな英語もノルウェー語も上手で、私と同年配であり、人としての付き合いもあった。8時間にわたる勤務時間中、介護士の大半は世間話に応じてくれた。看護士とはまだどうもうまくいかない。英語の話せる二人とは話もうまくいくが、ほかの人は口下手な人が多いのも事実。

Published by

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

w

%s と連携中