アーレが家に帰還!!? 最終章 その4

(この初夏から秋に起きたことをまとめ、シリーズで報告しています。)

5.秘密兵器 染谷康子さん


この夏、私が日本に帰国する直前、アーレの精神的な状況は、不安定が続いていました。
「頼むから、日本に帰るのを短くしてくれないか」、とアーレが私に尋ねる状態でした。
毎年、何かがあったら短くして帰る覚悟で帰国していますが、今年は精神不安定な状態を支えなくてはならない、とま帰る時期が早まるかもしれない、と覚悟していました。

ところがその直前にとある知人から連絡が入りました。
日本人の染谷さんからです。
「子供も幼稚園に入ることができましたので、少し子育てに余裕ができたので、ぜひ、アーレさんの件でお手伝いできることがありませんか」との連絡をいただきました。

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ここで少し染谷さんとの出会いのなれそめを伝えたいと思います。
これは神様の引き合わせ、アーレの亡くなったお母さんの引き合わせだとしか思えないのですが、染谷さんは2年前まで、うちの前の小川の反対斜面沿いにある道を200m下ったところに
住んでいました。 市の保険課を訪れた際に、珍しく日本人の方が他にもいるみたいだから連絡をとってみましょうか?と勧められて存在を知ったのです。

しかも、連絡をいただいて、会うことになり住所を確認したら、目と鼻の先、5分のところに在住!!

この北のはずれのノルウェーでそんな偶然ってあるんでしょうか??

しかも、お会いした日の1か月後に、この町を去り、引っ越すというではないですか。
しかも、お話していたら、なんとそんな近距離に2年は住んでいらした。。。
しかも、お話していたら、なんと、日本で看護師をなさっていて
しかも、それが呼吸器病棟で、
しかも、なんとアーレがALSの診断を受けた聖路加国際病院出身の方で、
しかも、アーレに診断をしてくださったT先生のこともご存じだったというこの引き合わせ!

私はなぜ、なぜ、引越しされる直前で出会ったんだろう!!、と笑い飛ばしながら
心では嘆いていました。

でも、それからも細く連絡はとらせていただきつつ、
いつの日かまた人生が交差する日が来るとよいなあ、と願っていました。
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そんな中での3年越しでいただいた連絡。
しかも一時帰国直前。
これは、もう タイミング です。
私はすかさず、「すみません、突然ですが、明日お会いできませんか。私が明後日から帰国するのですが、その前にぜひアーレにあってもらい、この夏私がいない間、定期的に週二でも週一でも良いので訪問してあげてほしいのです!しかも、ボランティアで。。。」

と、厚かましいのは百も承知ですべての希望をダメもとで直球で伝えました。
結果、康子さんは旦那さんにも相談してくださり、引き受けてくれることになりました。

昔アーレの日本の友人が言っていましたが、「アーレみたいにこんなに日本人的な外国人って珍しいよね」と言われることがあります。
アーレはどこかで細かく、また気にするところが日本人っぽいところがあって、繊細な部分を持っています。(片やターザンのようにワイルドが占めているのも事実です)

ノルウェーのインターナショナルな介護体制、看護体制ともに、不安を覚えるのも無理がないところがあり、人間関係がさらに難しくなったのもそれ故だと思います。

人に頼んでことを簡潔することができない体質の職人肌のアーレがALSにかかる。

反して、ALSは周りの人にすべてを委ねつつ、おおらかにこれでよし、といえる心がないと
ポジティブに乗り切るのは本当に難しい病気なのです。

つまり、アーレは、崖っぷちで考え方を180度変えた生き方にしろ、と迫られているわけです。決して容易なことではありません。

染谷さんは、ALS患者さんへの経験もあり、その後自宅介護の重要性を感じ、在宅訪問看護をなさっています。そのうえ、そのあと、ホスピスの患者へのケアへと道を究め、アメリカで実践を積み重ねその後、ご主人とノルウェーへ移住されています。

染谷さんと私の出会いは、運命だとしか思えません。
そして今がその時。

私が日本に帰っている間、アーレは染谷さんとお会いするようになり、心に安心が生まれたようでした。それは、「由紀、日本の夏を満喫してきて。8月末まで延期してもいいんだよ」という返事にすべてが語られています。

康子さんは遠く1時間離れた町から通ってくださり、訪問後には必ず細かな報告をいれてくださいました。また、その対応は、ほっと安心をする内容であり、また正直な視点で語ってくれていたので、私にもアーレにも心の支えになったのでした。
何よりも、アーレにはALSへの経験値がある視点での対話ができる人が毎週訪れてくれることが途轍もなく大きかったんだと思います。

その後、私がノルウェーに帰国してから作ったプレゼン資料のベースには、康子さんの存在があったからこそ、私が書き出すことができたのです。康子さんがチームに入ってくだされば、アーレを在宅介護へ緻密な計画を立てて実行することができる。
実際、染谷さんは在宅介護に移行する患者さんのマネージメントもなさっていたのです。

その資料には、ALSの最前線を行く橋本みさおさんや酒井ひとみさんとさくら会、中野玄三さんのご協力が大事だったのと同時に、染谷さんが不可欠な要素でした。

人の心の支えになってくれる、縁の下の力持ちを、優しい波長で行ってくださる方です。
秘密兵器、と書いてしまいましたが、キーパーソン、である染谷さんがいるからこそ、
私たちの最終章をスタートすることができたのです。

私は染谷さんと何度もなく会い、また面談に一緒に同行してもらったりしてもらいました。

これが成功に導かれないはずがない!!

 

 

 

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アーレが家に帰還!!? 最終章 その4」への2件のフィードバック

  1. すごい!神さまはちゃんとその時にかなった良いことをしてくださるんだね。鳥肌が立ちました。ガンバレー!

    いいね: 1人

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